2009年06月09日

息子の災難1


「旅行から戻ると病気にかかる」

これが息子のジンクス。

修学旅行が先日終わり、1週間熱を測り続けたが、

新型インフルエンザの気配もなく安心していた。

ある日、彼が学校から帰ってくるなり言い出した。

「今日は塾休みたい…」

ケッ、受験生のくせに。

でも聞くと、部活の練習中に頭を打ってふらつくとのこと。

頭かぁ。こめかみの辺りをぶったと言うので仕方なく休ませた。


翌日、私が私の用事で病院の待合室にいると彼から連絡が。

「息子が頭を打って病院に運ばれたって」

え?昨日の事故で今更?

よく聞くと、「また」部活の練習中に頭を強打したとのこと。

倒れてしまい部活の先生と学年主任が運んだと。

息子の病院へ駆けつけるとそのまま入院と言われた。

一昨日ぶつけた箇所と同じところを強打したらしく、

冷やしタオルを独眼竜巻きにして、点滴を受けている息子がいた。

病気じゃないけどやっぱりあなたにはあったね。

ジンクスが。
posted by スンプー at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月01日

○○傘

先日、彼と雨ながらもパソコンの修理に街中へ。


バスを降りてからお店まで、


「傘を差すには…でもそのままでは…」的な微妙な雨。


彼が閉じた傘をすくっとあげて言った。


「ほら、エア傘」


…差してくれ!
posted by スンプー at 17:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パソコンがない

今、パソコンがありません。

彼の家のパソコンが壊れました。

故あって、私のパソコンではネット接続ができず、

今は、会社のパソコンをそっと開け、更新している次第です。

それまで友人らのブログも見られず。

あぁ、浦島太郎になるぅ。
posted by スンプー at 17:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月26日

いたい。

痛い、痛い、痛〜い!

先週「歯茎に違和感」と思っていたら、

1-2時間、あれよあれよと言う間に歯茎が腫れた。

歯をカチカチさせるだけで「いだーい!イダダダ」と言う感じ。

何かの間違いでありますようにと思って寝てみたが、翌日やっぱり痛い。


我慢できないので、偶然「今日歯医者なの」と言う先輩先生に

学校近くの歯医者を紹介してもらいゴー。

もらった薬を飲んだが、翌日になっても歯茎はパンパン。

と言うか、顔もプックリ。


この日は少し早く帰れそうだったので、元々行ってた歯医者に行った。

さすが、何年も通っている歯医者。

私が痛いと叫ぼうがごねようが

「そうだねー痛いよー」と言いながらグイグイ治療を施していく。

当日は余計痛くなったが、さすが馴染み。

翌日には腫れが半分ぐらいにひいた。

親知らずを抜いた後、歯茎が必要以上に成長したようで、

他歯より隙間が深いらしい。


最後に歯医者が一言。

「腫れがひいたら、歯茎をえぐり取ろう」


はぐきをえぐりとろう。

ハグキヲエグリトロウ。

ひらがなにしてもカタカナにしてもちっともかわいくない…。


歯茎を抉り取ろう!

「!」をつけても前向きになんかならない…。

歯茎をえぐりとろう。


ギャー。
posted by スンプー at 12:10| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月19日

2年分の誕生日プレゼントは。


去年の誕生日、私は娘に何もあげなかった。

高校生になったら、2年分のプレゼントとしていいもんあげるよ。

と言ったきりだった。

約束どおり、娘は高校生になり、今日。


連れて行った場所は脱毛屋。

そう、私は高校生になったら脱毛させると約束していたのだ。


2週間前に同意書をもらい、パパの同意はすでに得てある。

彼は「おい…本当にやるのか…」

なんて聞いていたけど、やるに決まってんじゃん!

高校生の女の子がワキ気にしないはずがないじゃん!


腕だの足だのは大きくなったら自分で稼いで行っておくれ。

ワキだけは面倒みるから。

この年から始めておけば、本当の年頃になるころには苦労せずに済む。

さぁ、今年の夏は思いっきり手を上げていいからね!
posted by スンプー at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月18日

謎のメキシコ人

昔、一緒に働いたメキシコ人から5年ぶり位に電話が来た。

メ「仕事してくれないか?」

私「私、今忙しくてできないよ」

メ「月に1日でもいいんだ。本当だ」

そんなに困っているのかと気の毒になり、話だけ聞くことにした。


5分後メキシコ人から電話が来た。

メ「社長に会わせるよ」

私「え…?話聞くだけだってば…」


さらに5分後電話が来た。

メ「実は別な会社に君は所属しなくてはいけない。
  担当者の名前を教えるからそこへ電話して」

私「え…?あなたが話をしてくれないの?」

メ「僕は立ち合わないから後はよろしく」

私「え…?」

メ「担当者には伝えてあるから君の電話を待っている」

私「え…?」

およそ「え?」しか言わないような会話が続いたが、
とりあえず、電話をしてみた。

不在。
あれ?私の電話待っているんじゃ…?

しかも受付からは「履歴書をご持参ください」と。
あれ?話聞くだけだって言ったじゃん。


何だかおかしいのでメキシコ人に再度電話することに。

私「全然話がかみ合わないんだけど。私のこと何て言ったの?」

メ「メイシーのことは話してな〜い。
  私が紹介した人から電話が行くかもしれませんとだけ話してある」

私「ふぅーん」

メ「担当者は今日メイシーに電話をするかもしれない。
  しないかもしれない。それは僕はわからない。
  後は二人でやってね〜」

私「ふぅーん」



意外に怒りやすい私が、これに怒ったことは言うまでもなく、
皆さんのご想像通りに怒りました。


5年ぶりに電話してきてその無責任ぶりは何ですか?
これは人身売買ですか?

「イージー。かんた〜ん」と初めは笑っていたメキシコ人だが、
私の剣幕に気がついたらしい。

ほほぉ、なかなか謝らないのは文化の違いですか。
ほほぉ、誤解が生まれたのは言葉の問題と言うのですか。

彼はすでに20年以上日本に住んでいると言うのに。

ラテン系だからではなく、言葉の問題ではなく、責任感の問題です。


結果、紹介された会社は地元では名の通った会社の方で、
担当者も至って常識ある普通の方で、
経緯も明確になったので一安心だった。

でも一瞬、売られるかと思った…。
posted by スンプー at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月15日

合コンのなぞ

まともな合コンをしたことがない。

大学時代は合コンそのものが皆無。
あるところにはあったんだろうけど、全く恩恵なく卒業。

社会人になってからも、私は男友達が多かったので
「メイシー誰か紹介してよ」
と男女の友人共に言われ開催。

だから私にとっては別に友達が集まったに過ぎなかった。

会社でも何だか知らないが
「メイシーさんはオブザーバーでメンツじゃないから」
とわざわざ但し書きをされ、別テーブルへ移動させられたり。

そんなことをしているうちに、男友達も転勤や結婚でいなくなり、
私自身全く外出もしなくなり、この年になった。


「あ、どうもーはじめましてーフフフ」
みたいな合コン、してみたい!
経験すれば気が済むんです!

しかし、未だ夢叶わず。

彼がいるんだからダメ。とか、
合コンって言う年じゃないだろ。とか、
落ち着いたら?とか。

20代で最近友達になった子は
「友達で紹介したい子がいるんですけどー」
と申し出てくれた。

が、
「ごめんね、私夫候補持ちなのよ」
と断った。

「でも、年下の男の子ともいいわね」
とニヤリと冗談で言ったら、まじめに困られた。

そっか、こんな冗談はちょっと現実味を帯びる年になったってことね。


合コンしている友人らには何度も
「合コンやってみたい!一度出席すれば満足なんだ〜」
と申し立てても頭数には入れてもらえず。

私の目の前で、完全に私抜きの合コン話が進められていく。


「何で私は合コンできないのっ!」

ある日聞いてみると、色んな答えが返ってきた。

「人のもの取りそう」
「ごっそり持って行きそう」
「盗っておいて気が付いてなさそう」


何か、結構ショックですけど…。

人の彼に手を出したことなんか一度もないし、
不倫だって嫌悪感あるし、
友達の恋の応援だって今まで結構してきたつもり。

何か、これではメスヒョウみたいじゃないですか。

これは私の性格とはうらはらな!?
外見の派手さのせいなのでしょうか。

外見派手って言っても、別にヒョウ柄だって持ってないし、
ユニクロとしまむらで決めているような私なんだけどなぁ…。

顔が派手(自覚はないが、言われる)って言っても、
化粧してかわいくorきれいにしていることもないしなぁ…。


お酒飲んでみたい。とか、
パチンコ一度やってみたい。とか。

一度お呼ばれの合コンしてみたい。
と言うのは同じレベルの話なんだけどなぁ。


純粋にどんなもんだかやってみたいってだけなんですが、
どうも多大な誤解と共に、夢は叶わずに終わりそうである。

人のものなんか、盗らないわい…。
posted by スンプー at 00:15| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月10日

母の日だったそうだ。


今日も終わろうとしているさっき、今日は母の日だと知った。

あ、そう言えば、スーパーでやたらケーキとかあったなぁ。

グーグルもピンクでカーネーションだったなぁ。



私は幼い時に母を亡くしているので母の日に何かしたことがない。

彼の子供達も私同様、幼い時に母親(彼の元奥様)が他界している。

だから、彼らも多分、特段何もしたことがない。


去年彼らが私と一緒に住む時に

「あなた達のお母さんは死んだお母さん一人だ」

とも先に言ってあるので、これからも特段何もない。



私の母はどんな人だったんだろう。

ぼんやりと残る記憶では厳しい人だったと思う。

母が最後の病院で死ぬ2ヶ月前までつけていた日記では、

苦しい症状と共に、父や姉二人、私への心配などが綴られていた。


私は母の記憶がほとんどない。

母の日記とはうらはらで申し訳ないのだが、

残念ながら「母」とは何か、実は肌ではよくわからない。

私の中の「母」たるものの定義は、

道徳や社会通念上の定義でしかない。



でも、思い出はほとんどなくとも、

「母」と言う軸がどれだけ強固なものであるか、

「母」と言う軸が外れるとどうなってしまうのか。

それはわかる。


母が幸せだったのか否か、それは知る由もないけれど、

私がもう一つわかっているのは、母は一生懸命生きた人でした。


私はママのように、ママ代わりになってくれた叔母のように、

今、子供達に厳しさ(たまに?時々?優しさも)を与えています。

思い出せなくても、どこかで何かを覚えているのかしら。


子供とろくに接したこともなかった私が、母代わりしていられるのは、

きっとママと叔母さんのおかげなのですね。

ありがとう。
posted by スンプー at 23:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月08日

彼の独り言

先日までのGW。

彼にご飯作りを任せて、朝、ぐーたらしていた。

ベッドでうとうとしていると、

台所から朝ごはんを作っている彼の独り言が。



「おった〜まっ」

「ニャーっ!!!!!」




スープか何かを作っていておたまを探したらしい。

たった一人の台所で「おった〜まっ」「ニャーっ!」・・・。


一気に目が覚めたけど、平和なお休みだにゃ〜。
posted by スンプー at 20:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月05日

うちの職業

私の叔父は詩人だ。

昨日は帰省した時に、叔父の新作詩集を読んだ。


これで、ふと思ったことがある。

我が家・親戚の職業は以下の通り。


政治家。

国際秘書。

テレオペ。

日本語教師。

学校教諭。

詩人。

会社員。

プロデューサー。

新聞記者。


普通に「会社員の親、会社員の子供」みたいなのはない。


メイシーさん家は超!個性的なキャラの濃い方々揃いなのだが、

職業も皆様個性的。


なかなかいないわよね。

「あ、詩人です」って言える人。
posted by スンプー at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

帰省

昨日は帰省。

父は私をスナックへ連れていき、帰宅したのは夜中2:30。

その後ほとんど共感できない話を続けた。

父が眠くなったため終了したのは朝6時。

後期高齢者って普通6時に(とっくに)起きるもんじゃなかったっけ。
posted by スンプー at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月20日

止まってはいけない


私は時間の管理が下手なのか、本当にそうなのか自信はないが、
いつも忙しかったし、それは現在形で続いている。

忙しいか、とても忙しいか。
暇ですることがないって日々は人生ほとんどなかった気がする。

今まではしっかりしていても、ただ何となくでも
とにかく走り続けていないといけなかった。

それが自分が生きていけるための手段でもあった。

でも今、私は色々な意味で人生の過渡期を迎えていて、
過去の色々なものを清算して、
現在の状態を把握して、将来を考えないといけない時に来ている。

そうしないと生きていけない状態になっている。

好きでも一度手放してみる。←注:彼とのことではありません
嫌いでもおいてみる。

一度止まってみる。
一度休む。

それが必要だと言うことは結構前からわかっているのだが、
周りはなかなかそれを許してくれない。

悲しいかな、私もそうやって生きてきたので
「止まりたいんだ」と我を通すことができない性質になっている。

私にとっては止まらないと決して出せない大事な決断を、
「さぁどうですか?すぐ返事を出しなさい」と迫られる。

「レールから外れてはいけない」とアドバイス(?)される。

各々人々は私を思って話してくれることなのだろうが、
結果私は苦しんでいるとは誰も思っていない。

止まっては、いけないんでしょうか。


向き合わなくてはいけない過去は、
年を取るごとに私の影のように寄り添ってつきまとうようになった。

決して忘れたことなどなかったが、
年月を経るほど脳裏にこびりつくようになって、
それが今までの私を支配し、これからの私も支配するんだ、
と自覚するようになった。

三つ子の魂百まで。

人間は、大人になる過程で身につけた理性ではどうにもならないのだ。
としみじみ感じる今日この頃。

何とかしなければ。
posted by スンプー at 01:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月14日

息子、受験生になる。

娘が高校生になったと思ったら、
今度は息子が受験生になった。

問題を出す日々開始。

娘と息子はタイプが全く違う。
息子は要領よく短期にイメージで覚えるタイプ。

引っ越してきた当時中の中だった成績は、
今約120人中20番台。

でも、その順位は一夜とは言わないが、
数夜漬けの賜物であることはわかっている。

イメージ映像で受験は立ち向かえないのだよ。息子さん。
一気に覚えたものは一気に消えるんだよ。息子さん。

「俺が自分のペースでやっちゃいけないわけ?」
と、すんごいブータレ顔して言ってきた。

1週間後にチェックしてみて、
@OKならばそのまま週間チェックにしよう。
Aだめなら毎日チェックにしよう。
と言うことにした。

1週間後、まぁまぁだけどやっぱりイメージ暗記。
大意をつかむにはその方がいいんだけどさ。

ま週1チェックでいいか。と思っていたら息子が一言。
「やっぱり毎日見て」
覚え続けるのが辛いんだと。
覚え続けてないと受験できないんだけどな。

まぁ、けっこう大変だって気がついただけでも進歩か。

今日、息子は部活で勉強する時間がなかったとのことで、
久々にろくに返事もしない態度で、彼にも私にも叱られた。

部活は言い訳にならないぞ。
誰も頼んでないんだから。
これから何回キレますかね。

偏差値60超えの高校に行きたいと言いながら、
昨晩こんなやり取りが。

娘 「goodの比較・最上級言ってみな」
息子「グッド・グッガー・グッゲスト」

キレてる暇ないぞ…。
posted by スンプー at 22:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月05日

ブレザー難民。


「卒業おめでとう」から全く書いていなかった娘の話。

娘は私立に合格したので、公立はチャレンジして目標高校を受験した。

娘の偏差値は目標高校に3足りなかったが、
本人が希望するので彼も私も反対することなくそのまま受けさせた。

が、やっぱり不合格。
偏差値3の差は大きかったか。

当日こそ少し元気はなかったが、
本人も納得して受験した結果。夜にはすっきりした顔をしていた。

公立には落ちたけど、去年の娘を思えばものすごい努力をしたので、
私達も言うことなし。


私の住んでいる地域は一般的に公立の方が頭がいいし、心象もいい。

しかし娘の合格した私立高校は、この辺りでは意外な大学を狙えるレベル。
お金はかかるが、まじめに勉強していればエスカレーターで
同大学に進学もできるので、結果的にはよかったのかもしれない。

私が大蔵省ではないし、まぁ彼に稼いでもらいましょう。


で、入学準備! これが大変。

娘の高校は制服なし。私服登校。
ただし、入学式や各行事の際には「それにふさわしい格好を」とのこと。
「それにふさわしい」が難しいんだよ、学校さま。

情報収集してみると、スーツ、ジャケットなどらしい。

学校の案内には「卒業中学校の制服でも可」とあったが、
入学式に卒業した制服…。そんなわけにもいかないだろう。

実際、入学式風景の画像を一枚入手したが、そんな女子は見当たらなかった。

下はソックスにローファーかスニーカーなので就活スーツも変だし、
ブレザーにスカートでいいんじゃないかと言う話になった。


が、探せど探せど見当たらない。

もちろん、制服を取り扱っている店はいくつもある。
お母様向けの入学式スーツフェアをやっている店もいくつもある。

が!私服で使えるブレザーがない!

ジャケットを見ても黒・グレー・ベージュ。
就活コーナーでもないのに、カジュアルコーナーですら
学生が着るようなブレザーがない。


2週間にわたり、ありとあらゆる店を探したが、
結局高校の入学に使えるようなブレザーやスカートは見当たらなかった。

ネットでもブレザーを探してみたが、入学式に合うようなものはなく、
普段使いかスーツみたいなものしかなかった。


娘や彼は「ブレザーにチェックのスカート」と言う
すこぶる一般的な格好を求めているだけなのに…。

制服「スタイル」を探すのってこんなに大変なんだ。


と思っている時ひらめいた!

制服「スタイル」がないなら、制服を買っちゃえばいーんだ!


ネットで制服検索をするとコスプレ好きさま・変態さま向けに
まーあるわあるわ。制服。

純粋に制服上下がほしいだけなので、
使用済みはパス。
着用証拠写真付きもパス。
校章付きもパス。
エンブレム付きのブレザーは使えない。


シンプルなブレザーにチェックのスカートと言う、
某地域の新品制服があったので購入することにした。

「コスプレ撮影会やイベントに!」と題してあったが、
コスプレでもないし撮影会もイベントもない。

売り手の趣旨とは全く違うが、2,700円だったし構わない。

「+500円でブルマをお付けいたしますが」
と聞かれたので、まさかとは思ったが聞いてみた。

私「ねぇ、ブルマ付くけど履く?」
娘「いらん…」

だよね。アハ。ごめん。

到着した商品を着せてみたらサイズも娘によかったし、
制服難民は何とか終了。

今日で入学準備も終わり。
ふーよかった。
posted by スンプー at 21:07| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月15日

最後の時

この週末は青森へ行っていた。

先日書いていた伯父がついに危篤状態だと木曜に連絡があった。

先月メイシー一家で訪れてから、父が交通事故で入院し、
私は毎週実家へ帰省していたので、
青森へは全然行けていなかったし連絡もしていなかった。


木曜に連絡を受け、いつ葬儀になってもいいように、
金曜日は学校に残って翌週分の準備を全部した。

代講の先生には最低限の迷惑で済む程度にはやった。


土曜日早朝弘前へ。
伯父の家に着いたのは12:30。午後13:30頃に病院へ。

幸い、遅かったと言うこともなく伯父はまだ生きている。
よかった。会えた。


最初、「おじちゃん、メイシーだよ」と言ったけど反応なし。
おばさんが「メイシー来たよ」と耳元で大きく言うと反応した。

その時の目は伯父が伯父である目をしていて、
私だと認識したようだった。

しかし、30秒も経たないうちに眠ってしまった。
その後も、見えない誰かと話をしていたり、うなっていたり。

おばさんも疲れている様子だったし、30分程度で帰ろうとした。

「本当に最後になるから、時間の許す限りいてあげて」

おばさんがそう言ってくれたので、
「何かあったらすぐ起こすから、おばさん寝てて」
「帰った方がいい時はすぐ遠慮しないで言ってほしい」
と告げて私はギリギリまでいることにした。

伯父の家は病院の真向かいなので、病室からでも徒歩1分未満。

荷物を取りに行ったり、電車の時間を確認するのに1-2度戻ったが、
すぐに病室に帰って伯父を見ていた。


伯父は時々手を伸ばしてきた。
手が伸びるたびに私は手をつないだ。

もう何も言わない伯父だけど、
伯父さんの手が温かいだけで嬉しかった。

私は青森の伯父とそんなに会っていたわけではない。
場所が場所だけに何年かに一度しか会えない人だった。

でも、私は青森の伯父が大好きだった。


うわごとや唸り声を聞きながら3時間。
私の帰る時間。

最後におばさんが耳元で「メイシー帰るよー」
と伯父に告げると、伯父はハッと目を覚ました。

私も耳元で「メイシー帰るよ。伯父ちゃんまたね」と言った。

その時、伯父ははっきり伯父に戻って、
近づいた私を最後の力で抱きしめてくれた。

小さくなった体で、細くなった腕で、
でも今の伯父が出せる力全部で抱きしめてくれた。

「メイシーは伯父ちゃんが大好きだよ」
私も伯父を抱きしめて頬にキスをした。

私 「また来るからね。」
伯父「うん」
私 「バイバイ」
伯父「バイバイ」
私 「またね」
伯父「はーい」

その後すぐまた意識は朦朧としてしまった。
これが伯父との最後の会話。

おそらくこの朦朧とした瞬間から、
私がいたことはすでに忘れてしまっているだろう。

もう絶対に会えない人に「またね」と言うのは辛い。
弘前強行日帰りツアーはとっても疲れる。

でも、私はあの瞬間があっただけでも行けてよかったと思う。
伯父と最後に話せただけで。
私はあなたが大好きだと伝えられただけで。


私が抱きしめられたあの体は、数日後には確実に動かない。
私がつないだあの温かい手は、数日後には確実に冷たい。

この事実はまだ私の中でぼんやりとしていて、受容したようなしていないような。
それはきっと目の前にいた伯父が、
まだ温かくて生きているからなんだと思うけど、

「またね」と言った伯父に会えることはきっと、もうない。

伯父は家族みんなに見守られて、最後の時を待っている。
posted by スンプー at 23:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月11日

娘の卒業式

前回も少しふれていたが、娘の卒業式なるものに行って来た。

私の場合、急に子どもができたので、○○式ってのも初参加。
スーツで決めて行って来た。

が、後ろの在校生!うるさいぞー!

先生方はほとんど前方にいるのはわかるが、
在校生のそばには入り口誘導の先生だって何人かいる。

何で注意しないんだろう?

「うるさいっ!」と私が怒鳴りたくなったが
「式中だし」と思って我慢した。


でも、それより何よりビックリしたのが親!


そこの大人。
コートは脱いで入って来い。しかもコート着たまま式にいるんじゃない!

そこの大人。
遅れて入ってきたくせに携帯鳴ってる!

そこの大人。
式と名のつくものにジーンズで来るな。

そこの大人。
レギンスに星のソックスもダメ!

そこの大人。
式そっちのけでおしゃべりするのはやめなさい。
「あら、その指輪いいわねぇ」って…どうでもいい!

そこの大人。
子供の卒業証書授与が終わるなり、
「終わった終わった」と言って帰るのはやめなさい。
校長の話と来賓挨拶だって式のうち!


以前これにも書いたけど(2008年07月23日)、
やっぱり最近の学校も親も変な人や変なところが多い気がする。


卒業式の式中だからと思って我慢していた在校生のおしゃべりだが、
卒業生が退場、拍手も終わって最後の最後。

「うるせーっ!」と言わんばかりに後ろをにらみつけてやったら、
声のした方向のグループど真ん中に息子がいた…。
お前かい…。


その後娘は卒業パーティへ行き、私は仕事へ。
娘は楽しい一日を過ごして帰ってきたようだ。

卒業おめでとう。
posted by スンプー at 01:01| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月03日

今、私が

今、私が各分野に1人づつで6人いれば、何とかなりそう。

実際はいないので、てんてこまい。
posted by スンプー at 00:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月20日

今度は

今度は息子がダウン。

インフルエンザではなかったが、今日は学校をお休み。
私が学校へ行く前に病院へ連れていった。

ゲホゲホ咳き込んで真っ赤な顔をして、
鼻水をズルズルすすっている。


青森=おじ 我が家=息子 実家=父
私はどこにいけばいーんだー!


彼も最近上司が変わって仕事がきつくなった。

上司は他部署から来た方なので、
仕事を覚えるまで、ペースをつかむまでは、
彼はつきあう羽目になるし、仕事の絶対量も増える。

早かった出社はますます早くなり、
遅かった退社はますます遅くなり。

家事に関して、我が家の場合助け合っている家ではあるが、
正直、今の私の状態で家事負担が増えるのはきつく…。

でも帰ってこないのだからするのは私しかおらず。


やっぱり今年は試練の年なんだわ。


今日大学に落ちて落ち込んでいる学生に言ったことがある。

「どんなにいいことがあっても悪いことがあっても時間は過ぎるのよ。」
「人の持つ幸せと不幸せは数が同じ。だから感じる心が大事なんだよ」

自分で言っててハッとした。

青森も我が家も実家も行くしかないんだ。
面倒見るしかないんだ。
仕事だって家事だって何も理由にしてはいけないんだ。

がんばろう。眠りたいけど。
posted by スンプー at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月16日

あっちでも、こっちでも

父は特別管理室に入れられていた。

私が行ってすぐ、看護士さんがベッドに来て父に色々聞いてきた。

看「おタバコはどの位お吸いになりますか?」

父「キセルで20回くらい」

私「本数で言わないと」

看「日常における一日の過ごし方を教えてください」

父「起きて、読書して、テレビ見て、散歩して、飲んで、寝ます」

いいなぁ。グータラしてて。


記憶は飛んでるけど意識はある。

クモ膜下出血とは言われたが見た目わからないし、

色んな場所が紫色だったけど、動かせてる。

背骨が折れているから起きられないけどお茶は飲める。

結論=元気。


もちろん、そんな状態で帰って来られても、

結局一人暮らしの父。負担になるのは隣に住んでいる叔母。


救急で運ばれてから1時間で「退院したい」とのたまったらしいが、

「カロリー計算もしてくれるし、体が治る頃には痩せてるよー」

と叔母と二人で洗脳し帰ってきた。


帰りに近所の事故現場へ。

交差点のド真ん中に「人」とチョークで書かれてた。

「間違いないねー」「あそこに落ちたのねー」

叔母と二人で大笑い。


その後帰宅して息子を病院へ連れて行き、夕飯の支度をした。

私が今日は早く寝よう〜と思っていると彼帰宅。


今度は彼が風邪をひいてきた。

「寒気が、寒気が…」と唸っている。


連絡をした上姉からもメールが入っていて

「後で電話します」

まだ来ないけど、何時に電話来るのかな?


今年、私に休みってものはないんだわ。

あっちこっちに看病人がいるので、

カレンダーの赤いところ、全部黒字に変えておこう。
posted by スンプー at 23:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月01日

先週、26・27日にあったこと。

26日を最後にまともに書けていなかったが、いやぁ…大変だった。


26日夜中。私は教案を作っていた。が、気持ちが悪い。
うーん食べ過ぎたかな。忘れよう。が、気持ち悪い。


0:30、ついに耐えられずギブアップ。

ベッドに入ったものの、気持ち悪くて眠れない。
ウンウンうなって朝の4:30
ついにその時はやってきた。


「あ」と思う間もなく吐いた。
まだ吐くような気持ち悪さではないと思っていたので桶もない。


とっさにベッド脇のコップに手を伸ばしたが役には立たない。
ベッドの上に出してはいけない!と思ったものの、もう動けない。

しかも、後は意志とは関係なく一段落するまで出るしかない。
部屋の床に出すのでせいいっぱい。


ベッドでウエウエ言いながらぐったりしている私を見て、
彼は飛び起きた。


まぁ彼の動きの早いこと。
私は堰を切ったように吐き、その後すぐ、体が震え出した。


何も動けずブルブル震える私にあっという間に桶登場。
持ったまま動けずにいると今度は濡れタオル登場。

「もう吐かないかな?」と一言聞くと、
目の前の嘔吐物をせっせと素手で片付け始めた。

「病院行く?」
もしノロだったら彼に感染してしまう…。

コクッとうなづくと今度は車で救急病院へ。

戻ってくるともう朝7:00。

さすがに会社は休んだ。

この日も39度突破。
昼、学校へは行ったが、正直フラフラだった。
だって、先日の熱風邪からまだ何日も経っていない。


私の顔面蒼白に、主任先生は
「本当は拒食症ではないのですか?」
と心配された。

ブンブンと首を横に振り「ちがいます」と否定したが、
拒食症の方の多くは指摘されると強く否定する。

他の先生方からも心配されてしまった。


その後、私の風邪は28日に治った(=治した)。
胃腸風邪とは言われたが、何だったんだろう。
posted by スンプー at 21:24| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月30日

行ってきます。


あれから、色々ある、濃〜い何日間かでした。

一年分の負が全部今月来ているような気がします。

逆に言えば、これで今年は安泰か? 

と願いたい…。頼む、私の運命。笑。

それもそのうちストレスフリーになるために書いていきたいと思います。


今晩、仕事が終わり次第、青森へ入ります。

行ってまいります。



*お知らせ

沖のさま、しずかさま、kyokoさま。

昨晩まで何もできずごめんなさいね。

今更ですがコメ返しています。
posted by スンプー at 08:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月26日

余命一ヶ月。


姉から電話が来た。

母方の伯父が余命一ヶ月だそうだ。


3年前にガンで手術をしたそうだが、

今年再発し、吐血して再入院。

すでに部位は破裂し再手術も不可。

今度倒れる時は覚悟する時らしい。

倒れずにこのまま生きても余命一ヶ月。


私の母はガンだった。私が6つの時、42歳で他界している。

母のお兄さんもガンになり、今最期の時を迎えようとしている。


今後できる限り母の実家に行くつもりだが、

自分の死期を知っていて、滅多に会えない私達が懸命に顔を出す。

伯父はどう思うんだろう。

「本当に最後なんだ」と思わせてしまうのではあるまいか。

私は母方の伯父が大好きなので、それでも会いに行きたい。

でも、これは生きている人間のエゴではないのか。

伯父もそれでも会えてよかったと思ってくれればいいけど、

それは誰にもわからない。


ただでさえ、母の実家は遠方。

そんなに頻繁につきあえるようなところではない。

しかも母は他界。


伯父は、離れていても疎遠にならないように、

年に何度も贈り物をしてくれた。

私と姉二人、父親がみんなバラバラに住んでいても、

各家に、何度も送りものをしてくれた。


この町を離れることが決まったのは2週間前。

先週に彼の一件。

今週に伯父の件。

今、何も手につかない。


そして今日。先輩先生からメールが来た。

「メイシー先生、来週分の教案が送られていませんが、
 チェックしなくてよいのでしょうか?」

先生は先週お母様を亡くされたばかり。


お母様を亡くされた先生が仕事をして、

私の教案の心配までしてくれているのに、

私は何をしているんだろう。

ダメ人間。
posted by スンプー at 23:05| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月23日

どんな将来があるのかな。


今日は息子の誕生日。

今日は普通のご飯だったけど、
しかも私も彼も遅くなって今日も22:00の夕飯だったけど、
14歳、おめでとう。

明後日、ゆっくり君の好きなおすし食べに行こうね。


昨日、夜早い息子が珍しく0:00まで起きていた。

夕飯が遅かったのもあるけど(昨日のブログの通り)、
口数の少ない息子が珍しく色々聞いてきた。

「メイシーさんって中学生の時何になりたかったの?」

「どうしてそれにならなかったの?」

「価値観って変わるの?」

「変わらなかった価値観ってある?」

「俺、こんなグループとつきあってるんだ」

「俺の友達はこんなことするんだ」

「俺はこういう人が好きなんだ」

「俺はこういう人苦手なんだ」

昨日は私と彼とだけで2時間ぐらい話していた。


14歳で、彼は彼なりの世界がどんどん広がっているのでしょう。

彼なりのハテナや、彼なりの興味や、彼なりの基準を、
普段見えなくても、彼は懸命に考えはじめているのでしょう。

どんな14歳を過ごすのかしら。

来年は受験で泣くぞ。受験で笑うぞ。
人生初の自分との戦いが君にはやって来るんだよ。


君がここにやって来た頃は、
気分次第でかんしゃくを起こしていたよね。
私に叱られて泣いたこともあったよね。

まだ足りないけど、でもこの1年で、
自分の気持ちをコントロールしようとする気持ちは見えるようになったよ。

特にこの何ヶ月、君はかんしゃく自体起こさなくなったよね。

早いような、遅いような。
でも、君は成長してるんだなぁ、って思うよ。


さっそく、夜中に機嫌の悪いお父さんに起こされて当たられていたね。

14歳初の試練が、初の不条理がさっそく降ってきてたけど、
そうやって、成長していくんだね。

がんばれ、14歳の君。
posted by スンプー at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月20日

ついに健康体。


やっと、やっと!
平熱に戻りましたー。

って、39度を5日間、37度台の微熱から後一歩下がらず3日間、
昨日は36.8度だったので、ヒヤっとしたが、今朝も36.6度。


37度以下が2日も続けばもう健康体でしょう!


家族ともやっと一緒にご飯を食べられるようになり、
(受験生への感染防止にずっと部屋で食べていた)
ほっとひと安心。

病み上がりとは言っても、
日曜日の就寝3:30、昨日の就寝2:30


先週学校で教えるのが精一杯だった分、
今週の教案をなーんも作ってない。

せっせと今週取り戻さないと、
体ばかり治っても教えられない。


今日も学校へ行ったら、何人かの先生方にご心配を受けた。

「明らかにやつれてますけど…」
「体だけ見ると先週より辛そうですけど…」
「メイシー先生、声は出てますけど…」

これはダイエットではなく病気やせ。
やせるのとやつれるのは似て非なるもの。

やつれた分「だけ」肉を取り戻し、
先週終わるはずだった教案も取り戻さないと。

仕事しまーす。
posted by スンプー at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月16日

37.5℃

5日間39度をウロウロした私は、
今日、やっと37.5℃

何とか声も出るようになった。

37.5℃って、こんなに軽快だったんだ。嬉。
何だかもう健康になったような錯覚。


そんな錯覚に陥って、5日ぶりに夕飯作り復活。

うつると困るので、まだ一緒にご飯は食べられないが、
子供達が好きなカレーにした。


さぁ週末は教案漬け〜。

飲み会をひとつ断ったが、明日平熱になったところで、
外出できるほどの体力はなく、いた仕方なし。

今週、平日は仕事へ行くのが精一杯。
来週分の教案を何も作っていない。
がんばらないと。


今回わかったこと。
人間39℃でも自転車に乗れる。
声が出なくても2・3日なら教壇に立てる。
(*学生は困るけど)


人間ってけっこう強いんだな。
ポジティブ。ポジティブ。

おやすみなさ〜い。
posted by スンプー at 22:57| 宮城 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月13日

泣きっ面に。


風邪を引いてから3日。

相変わらず症状は変わらない。
っつーか悪化している気がする。

前のブログで
「洗い物も済ませた。洗濯もして干した」
と書いたが、あの後洗濯はしたけど干してないことを思い出した。


ってわけで、夜中の2時過ぎ。
39℃を超えている私は洗濯物を干していた。


その後飲み終わったポットに再度お茶を入れようと台所へ。
ガッシャーン。ポット崩壊。
ガラスは粉々に台所中に吹っ飛んだ。

ってわけで、夜中3時。
39℃を超えている私は台所の床を拭いていた。


床だけではないので、シンクも。

私が洗い物をした後に発生した洗っていない食器たち。
その中に粉々のガラスが混じっているので、
食器を洗って、シンクも洗って、
生ゴミの中に入ったガラスのために、排水溝まで掃除した。

39℃超えた病人が、夜中に何をしているんだろう…。


それが原因なのか(原因だ!)、
翌月曜日も熱は下がらず。
今朝も計ってみたら38.8℃。

会社はさすがに休んだが、学校へは行った。
声が出ないので、超!辛かったけど(しかも立ちっ放し)、何とか終了。

学生達は私の低〜いダミ声に引いていた。
私はマスクもかけたまま、
授業中に水分補給をしながらの授業。みんな、ごめんね。


今日、私の隣に座った先生は非常勤の新しい先生なんだけど、

「あらっ!メイシー先生風邪ですか?」

「で、先生、こういう授業の時ってどうやってます?」

「それと先生、こういう時ってプリント自分で作るんですか?」

「(自作プリントを見せた後)先生やりますねぇ。
 じゃこの場合はどうしてます?」

「先生、本当話すの大変そうねぇ。」

ちっ(怒った顔)どんっ(衝撃)

授業が始まる30秒前まで質問攻めにされ…、
戻ってくると休み時間の間ずっと話され…。

元々おしゃべりな先生なのだが、
最後の方は本当に具合が悪くて無視。

声でないって言ってるんだから、空気読んでください。


明日は会社休めないし、学校もあるし、
今日一日で何とかしないと。

あ、でも、教案も作らないといけないんだ。

あーでも、今日はまずがんばって休む!
posted by スンプー at 19:51| 宮城 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月09日

ポスト小泉

昨日夕飯を食べていた時のこと。

ニュースを見ていると、
我が家はオバマ次期大統領の高支持率から小泉総理時代の話になった。


娘「何で小泉の時はあんなに人気があったの?」

私「ルックスもよくてカジュアルに見えて、
  話もわかりやすかったから人気があったんじゃない?」 

娘「ふーん」

私「それに変人でも一本『絶対やる』ってことが彼にはあったしね」

娘「え、何?」

私「彼は若い時から郵政民営化ってずっと言ってきて実現させたのよ」

娘「あぁ小泉の時に民営化が決まったんだ」



その後、間髪入れずに娘が言った。




娘「だからあの時、ポスト小泉って騒いでいたんだね」


ポスト=郵便ポスト
これで納得し、夕飯を再開しはじめた娘。


彼と私で大笑いしながら訂正した。
かわいい。
posted by スンプー at 09:15| 宮城 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月07日

七草がゆ


今日は七草粥の日。

よく
「せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ」
と言います。

しかし、行きつけの八百屋さんいわく
「セットを買わなくても7色あればいいんですよ」
「7色なければ7種類野菜何か入れればいいんですよ」
とのこと。


と言うわけで、八百屋で買った+我が家の残り物。
ほうれん草、だいこんの皮、雪菜、せり、ねぎ、さつまいも+十穀米
=五草+十穀かゆになりました。


昔の七草は
米・粟・キビ・ヒエ・ゴマ・小豆・蓑米
などだから、十穀米を入れたのは、ま、いいんじゃない?


七草粥の由来は

@おせち料理で疲れた胃を休める
A冬に不足しがちな栄養を補う

などがあげられる。


しかし、我が家の今晩メニューはこちら。

ご 飯 も の:七草粥
メインおかず1:牛ステーキ(赤2度値下げシール付)
メインおかず2:豚とろ(赤2度値下げシール付)


胃を休ませるどころか、むしろ疲弊させるおかず達。
栄養を補うどころか、さらに野菜摂取量が必要とされそうなおかず達。


本末転倒な晩ご飯だけど、
子供達はおいしく食べていたからまぁいいか。



ちなみに、七草粥にはおもちも入れるって知ってました?
私は七草粥を作って食べて来ましたが、今年初めて知りました。


で、結論。



七草粥の由来

@おせち料理で疲れた胃を休める
A冬に不足しがちな栄養を補う

大義名分


B昔の人の台所・正月材料大処分大会

本音

とりあえず、何でも残った正月食材入れちまえってところでしょうか。
posted by スンプー at 23:59| 宮城 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

仕事始め

今日からお仕事開始。
派遣会社の方に一日コース。

私としては昨日から仕事をしていたほうがよかったのだが、
今日からの仕事始めとあいなった。


でも…忙しい…。


こうなると思っていたから、「契約どおり月曜から」
と年末あんなに言ったのに。


あっという間に就業時間終了。
さ、かーえろ。って、そんな場合ではないので、残業。


18:00。
隣のデスクの女性が明らかにお仕事終了のご様子。
(時折これに出てくる不思議OLさんです)


パソコンの電源を切ってカップも洗ってお手洗いにも行って、
…帰らない…。


自分の仕事が終わったんだから帰ればいいのに、
私をチラチラ見ながらきれいな机に座っている。


この会社は「派遣が帰らないうちは社員は帰れない」
なんてことはない


きれいな机にいるのが飽きたのか、
何だかファイルを開いて仕事をし始めた。

それは残業をしてでもやる仕事には見えないぞ。


私があまりに帰らない(正:帰れない)ので、
彼女の仕事はいよいよなくなり、
ついにパソコンを再度立ち上げ始めた。

なんで帰らないんだろ。


それから30分。
私の仕事はまだ終わらない。

彼女もまだ帰れない(そもそも、彼女が残っている理由はない)。


そのうち、
「女子更衣室の鍵を閉めないといけないので、私、待ってます」
などと言い出した。


更衣室の鍵を閉める仕事は彼女の専売特許ではない。
そんなもん、最後に出る女性がやっている。

そもそも、彼女は家から制服で出社退社するので、
更衣室に用事がない。


私が「私やりますけど」と言うと
「いや、私じゃないとだめなんです」と言う。

ちょうど私の仕事も一段落のところまで来たので、
めんどくせーと思いつつ、仕事を終えた。


更衣室に行って着替えながら聞いてみた。

私 「社員じゃないと開閉できなくなったんですか?」
彼女「いえ、鍵をドアに入れてまわすだけですよ」


鍵をドアに入れて回す
鍵って通常はそうやって開閉するんですよね。
わかります。


結局、私をダシに残業代を稼いだだけじゃない。
おつかれさん。
posted by スンプー at 00:26| 宮城 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月05日

大晦日2008と元日2009の風景

大晦日。
私は大掃除とおせち料理作りに励んでいた。

最後の難関(っつーか面倒がってやっていなかった)
洗面所とお手洗い。AM終了!

PMからはおせち作り。
雑煮、煮物、栗きんとん、厚焼き玉子は作った。
田作り、かまぼこ、かには購入。


厚焼き玉子に苦戦したけど、できたできた。
同じメニューで実家に持っていく分も全部作った。

いいぞ、私。
最後の一日、がんばりました。

年越しそば。
我が家はネギとわかめとゆでたまご入れるくらい。
彼の家は天ぷらそばが通例だとか。

家の違いを感じつつ、「あ、わかった」
スーパーでお菓子のような天ぷら
(インスタントについているやつ)を3枚購入。

ムフ。これを足せばいいのね。
年越しそばの文化の違いは見事克服。


年越し1時間前。
彼は我慢できず「寝るぅ〜」と言い出した。

「年越し3分前に起こしてほしい」
彼は最後の言葉を残し床へ。
しかし、とても3分前に起きそうにはない。

息子はNHKに飽きたようで途中でガキ使を見始めた。
娘は風呂に入り始めた。

「なーんだぁ、この家は0:00に集まらないんだ」
シュン。


ボケッとしていると、3分前。
念のため起こした彼は何とすっと起きてきた。驚。
1分前、髪をヌラヌラしながら娘登場。驚。


さぁ、10秒前。NHKに戻すと!

みんな「あ、過ぎてる…」

我が家の時計は2分ほど遅れていたようで、
世間はとっくに2009年だった。

私「まーまー、はい!正座して背筋伸ばして!」
皆「はいはーい」
私「あけましておめでとうございますー」
皆「あけましておめでとうございますー」

娘「何か鐘とか花火とか、音がないと雰囲気が出ないねぇ」
と言うので、

私「じゃ、言います!」
息「え?言うの?」

私「ゴーン(=鐘)バーン(=花火)。おめでとうございます!」
皆「おめでとうございます!」


一家自称の時報を鳴らし我が家の2009年開始。

彼 =今年も頼みますよ大黒柱。願う無病息災。
長男=成績上昇。再来年はこっちに来られますように。
娘 =高校合格。もう少し女の子らしくなりますように。
次男=成績上昇。サッカー辞めさせられませんように。
私 =後3キロの痩身。

なんだかんだ言いつつも、
この家の方々に笑顔がある一年ならいいです。
posted by スンプー at 00:11| 宮城 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。